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2016年10月5日水曜日

「N.T.ライトの義認論」 (第6回 日本伝道会議・分科会) を終えて

ちょうど3ヶ月前にこの討論会について広告しました。
討論の内容を幾らかでも理解して臨んでいただくために、この「ライト読書会ブログ」のウェブサイトを用いて 期間限定で「情報提供」の場 を設けることにしました。
と書きましたが、最初にお伝えすることは討論会の報告ではなく、「掲載記事の撤収」についてです。

10月19日をもって「討論会関連記事」がこのウェブサイトからなくなります。(一部残します。)

 1. 「N.T.ライトの義認論」(第6回日本伝道会議・分科会) (残留)
 2. 「N.T.ライトの義認論」発題1 (残留)
 3. 「N.T.ライトの義認論」発題2 
 4. 「N.T.ライトの義認論」発題1資料 (残留)
 5. 「N.T.ライトの義認論」発題2資料 
 6. ライトの義認論:対話に向けて(1) 
 7. ライトの義認論:対話に向けて(2) 
 8. ライトの義認論:対話に向けて(3) 
 9. ライトの義認論:対話に向けて(4) 
 10. ライトの義認論:対話に向けて(5) 
 11. ライトの義認論:対話に向けて(6) 
 12. ライトの義認論:対話に向けて(7) 
 13. ライトの義認論:対話に向けて(8) 
 14. ライトの義認論:対話に向けて(9) 

以上11本の記事が撤収されます。

なお討論会についてはまた別の機会にご報告したいと思います。

以上よろしくお願いします。

2016年8月30日火曜日

ライト読書会のオフ会at神戸

9月末に開かれる第6回日本伝道会議
で(分科会)NTライトの義認論
 
9月28日(水)14:00〜15:30
 
がありますが、その開催を記念した独自企画として、

"NTライトと義認論のオフ会で中華を食べる会"
 
または
 
”日本伝道会議のオフ会で中華を食べる会”

を三ノ宮駅至近の中華料理屋で開催します。



時間:2016年9月28日(水) 16:45~ 

 ※分科会の関係でこの時間に間に合わない方も途中から適当に
場所:小肥牛(しょうひぎゅう)
 (阪急三宮駅北側、「伝道会議」会場からポートライナーで15分終点下車徒歩5分)
費用:2,500円
御問合せ先
 kawamukaihajime(アット)gmail.com

**日本伝道会議に参加してなくてもこのオフ会は参加可能です。
**9月18日までに「川向」までお申し込みください。
 

2016年7月27日水曜日

「N.T.ライトの義認論」発題1 資料

ライトの義認論:
小嶋発題 パウロの義認の教えは「救済論」と「教会論」資料

(「『パウロ研究』に関する新しい視点」から抜粋)

ここまで見てきたように、「(誰かの無罪を)弁明・擁護する(vindication)」のに用いられる用語、「義とする(ディカイオー)」の関連表現は 法廷用語である。だから正義の神を法廷イメージを用いて言い表すことは適っている。神は最後には世界を正しく回復するはずのお方であり、神はそのように約 束され、その約束は守られる。しかしどのようにその約束を実現するかは、創世記12章以降で見ると、アブラハムと結ばれた契約を通してであることが分か る。とすれば、神の契約への忠実と、神の義とは、別な二つのことではなく、密接に繋がったものである。見てきたように、「デカイオスネー・セウー」フレー ズはその両面性を示している。


神が誰かのことを弁明・擁護する(vindication)と言うとき、神にとってそれは宣告を下すことである。私たちには二重に見えようとも、恐らくパ ウロにとっては単一に見えたのではなかったか。宣告とは、(A)ある者が「正しい」とされる(イエスの死によって罪の赦しが既になされているので)、こと とそして、(B)そのある者が真に契約の家族の一員とされていること、を指す。この家族とは、神がもともとアブラハムに約束していたものであり、今やキリ ストと聖霊を通して創造され、ユダヤ人も異邦人もともに等しく信仰をベースにして形成される単一の家族のことである。


私がこのような解釈を提出する理由は、同じ場所にありながらばらばらに置かれているように見える多様な分類・区別も、手繰り寄せて整頓することで(繋が り、まとまりが)見えてくるのではないか、ということである。ルターの「法的(forensic)」とカルヴィンの「子とする」の対立、シュヴァイツァー とサンダースの「法廷」と「キリストとの一体(incorporative)」の対立、などがそれらの分類・区別のことである。パウロの言わんすることが 契約神学を下敷きにしていることを一度でも押さえておけば、これらの二項対立は乗り越えられる。


このサブセクションの主要論点の第一は、これら二つのこと(罪の赦しを与えられた罪びとを正しいと宣告し、そして、多民族による一つの家族の一員であるこ とを宣告する)はパウロの脳裏では緊密に連携している、ということである。さらに言えば、後者の論点(家族への所属)がロマ書3章やガラテヤ3章ではとて も重要であると主張することが、前者の論点(神の法廷で義と宣言された者の一人とされる)の重要性を軽減するものではない、ということである。


このポイント(契約神学が下敷きになっている)は多少見えにくいが決定的に重要である。すなわち、神がアブラハムと契約を結んだのは、[旧約]聖書の大枠 から言っても、パウロにおいても、アダム来の「罪」とその影響を除去し、良き創造のわざそのものとして完成に導くためである。かくして、神が罪の赦しを宣 言し、また契約の民の一員と宣言することは、詰まる所、二つ別々の事柄ではないのである。
___________________________________
New Perspectives on Paul (http://ntwrightpage.com/Wright_New_Perspectives.htm)
引用部分は↓(最初と最後の文章)
"The language of vindication, the dikaioo language, is as we’ve seen lawcourt language....Thus God’s declaration of forgiveness and his declaration of covenant membership are not ultimately two different things."

「N.T.ライトの義認論」発題1



パウロの義認の教えは「救済論」と「教会論」
 (支持の立場からの発題 要旨)
 小嶋 崇


  N.T.ライトは、「大きな構図で物を見る人間(Big Picture person)」と自身を描写します。聖書の細かな釈義点についても詳細な議論のできる人ですが、彼の真骨頂は、「聖書全体を貫くテーマ」を、細部を余り 犠牲にすることなく説得的に示す力量ではないかと思います。


 ライトの「義認論」に関しては、ここ数年で日本の福音派の中でも、「新しい『パウロ研究』の視点」と共に紹介されてきました。しかし、この日本伝道会議 の場では、「新しい視点」からの主張点である、①「第二神殿期ユダヤ教」の特徴として挙げられる「契約遵法主義(covenantal nomism)」、②「律法の行い」は異邦人との民族的区別を表わす「割礼・安息日・食物規定」は横に置いておきます。


 その代わり、「義(ディカイオー)」語群が「法廷言語(lawcourt language)」を用いながら、
 (A)神の前に(罪びとを)義と宣言すると同時に、
 (B)異邦人もユダヤ人と共に「アブラハムの子孫」「神の民の一 員」であることを宣言する、
両面を持っていることに注目します。即ち、パウロ書簡において義認は「救済論」と「教会論」とを一緒に言い表す教えでもある、 とのポイントに集中します。


 「パウロにとって義認は救済論と教会論の両方を合わせたもの」とのライトの議論が正しければ、プロテスタント諸派、特に「福音派」の神学と実践に大きな 問題を投げかけます。
 それは、従来の福音派においては、「救済」においても「敬虔」においても個人的で主観的な視点が強いため、「福音」を正しく伝承し保守するために不可欠な「聖礼典」「職制」、いわゆる「教会の外的しるし」を中心とする伝統的「教会論」がかなり弱体化していることです。
 伝道が実を結ぶためには、「福音」の明証性ともに、福音の伝承を媒介する制度的教会に対する正しい見識が必要ではないでしょうか。



(ライトの義認関連論文の一部を抜粋翻訳し資料として使います。別投稿します。)

「N.T.ライトの義認論」 (第6回 日本伝道会議・分科会)



 N.T.ライト読書会を主宰する小嶋からのご案内させていただきます。


 この度「第6回日本伝道会議」の分科会で「N.T.ライトの義認論」(コード ①−11)が「神学ディベート」と云う形で取り上げられることになりました。

 2016年9月28日(水)、14:00~15:30
 神戸コンベンションセンター

 丁度2ヵ月後となりました。
 
 図らずも小嶋が「支持派」側の発題を担当することになりました。
 また「慎重派」からは神戸ルーテル神学校の校長も勤められたことのある橋本氏が発題します。


 当日の分科会は全体でも90分という短い時間です。とても十分な討論をすることは無理です。ライトを余りよく知らない参加者も多いと想定されます。討論の内容を幾らかでも理解して臨んでいただくために、この「ライト読書会ブログ」のウェブサイトを用いて 期間限定で「情報提供」の場 を設けることにしました。

JCE6分科会「神学ディベート ――N.T.ライトの義認論――」
主催:JEA神学委員会 代表:関野祐二(鶴見聖契キリスト教会、聖契神学校)
発題者:小嶋 崇(巣鴨聖泉キリスト教会、N.T.ライト読書会)
     橋本 昭夫(宝塚ルーテル教会、神戸ルーテル神学校)
司会: 関野祐二(神学委員長、聖契神学校校長)
        佐々木望(神学委員会担当理事、バプ連合守谷教会牧師)

ディベートの時間枠
 a. イントロ(10分)
 b. 討論(50分)
  発題 1、小嶋「パウロの義認の教えは『救済論』と『教会論』」(15分)
  応答、橋本(7.5分)
  発題 2、橋本「N. T. Wrightの義認論を吟味する ―ルター神学の立場から―」(15分)
  応答、小嶋(7.5分)

 c. フロアとの質疑応答(30分)
 
 今後(少しずつですが)「発題要旨」「参考資料(12)」「解説」等を掲載して行く予定です。

 なおこの分科会の主催はJEA神学委員会ですが、このウェブサイトでの管理責任は小嶋にあります。