2016年9月5日月曜日

FB読書会 2016年8月報告

9月を迎えました。

『クリスチャンであるとは』をついに読了しました。

以下「訳者あとがき」(337-342)までの抜粋引用とコメント/感想などです。

第16章「新しい創造、新しい出発」

321-3ページ
    それゆえクリスチャンは、怒りにどう対処したらよいかを学ぶよう求められる。どういう理由であれ、誰でも怒ることはある。傷ついたこの世界では避けられない。何かにつけて怒らないためには、いくらかの図太さを身につける必要があるだろう。しかし、問題は怒りを覚えたとき、どのようにしたらよいかである。
    イエスの死は、私たちの赦しを完成した。素晴らしいことである。ならば私たちは、このことを互いに生かしていく必要がある。いつまでも恨んだり、不機嫌になったりする人にならず「お詫びします」と言える人にならなければならない。(一部省略)
  《コメント》
   教会でメッセージにつまずいた、人間関係につまずいた。など自分が傷ついて怒っていることを聞くことがあります。なんでそんなことに怒るのかなと思います が、大抵はその「小さな怒り」を溜め込んだresentmentが多いように感じます。(日本人はわりと溜め込みやすいタイプなのかもしれませんね。浅野内匠頭のように。)
324-7ページ
    「しかし、クリスチャンはユダヤ教徒と共に、性的行為は男女の営む結婚生活のみに限られると主張した。世界の人々は、昔もいまも、それをまったくばかげていると思っている。・・・・別の言い方をすれば、私たちにとっての究極の目標はまさに、からだを抜きにした天でもなく、この地における単純なる生活の立て直しでもなく、全創造の贖いであり、私たちの召しは、自分のからだをもって、後にあずかるいのちを期待する仕方でいまをどう生きるかである。結婚生活における誠実さは、全創造に対する神の誠実さを踏襲することであり、そのあり方を先取りするものである。それ以外の種類の性的行為は、現代社会の逸脱と崩壊を象徴し、体現するものである。
《コメント》
   性に対する問い、本来神が私たちに願っておられる創造の業から性の意味を見出すことが必要であることを改めて理解することが出来た。「全創造に対する神の誠実さを踏襲する」このことを実践することは、聖霊様の助けなくしてはできない。この短文の中にクリスチャンであることを端的に語っている。自分の召しに対し、主イエス・キリストが私たちの罪の贖いの為に救いの道を与えて下さっていることを喜び感謝したい。
329-334ページ
  「クリスチャンであるとは(中略)
   つまり、私たちの前に開かれた新しい世界、神の新しい世界のただ中を、イエス・キリストに従って歩んでいく人たちのことである」
 《コメント》
   クリスチャンであるとは「イエス・キリストに従って歩んでいく人たちのことである」というのはよく聞いてきたことです。
   このオーソドックスな答えに沿いながらも、ライトの「クリスチャンであること」の定義の急所は「私たちの前に開かれた新しい世界、神の新しい世界のただ中を」だと思いました。
   この「新しい世界」「神の新しい世界」は「創造、堕落、イスラエル、イエス、新時代、新創造」という神の物語においてこそとらえられるものです。そのことが第二部で取り扱われていました。
   この現在進行形の新創造に向かいつつある神の物語という文脈の中でこそ「クリスチャンである」とはなんであるのか、はじめて定義できるというのがライトの主張だったのではないでしょうか。そして、本書を読み終えた後では、私自身がこの物語(世界観)を無視してクリスチャンについて問うこが、そもそも可能だろうか?と考えるようになりました。
「結びとして」 335-6ページ

ここでは読書会の皆さんにアンケートをしました。

 (1)どんな現代訳聖書をよく用いているか
 (2)どんな聖書辞典を重宝しているか
 (3)聖書註解・研究書の中で「これには目を開かれた」というもの

(1)どんな現代訳聖書をよく用いているか

 かなりたくさんの回答があったのですが、上位5つを紹介しておきます。
 新改訳、新共同訳、口語訳、フランシスコ会訳、ESV

(2)どんな聖書辞典を重宝しているか
(3)聖書註解・研究書の中で「これには目を開かれた」というもの

  こちら二つの質問への回答はぐっと減りました、とだけ報告しておきます。

「訳者あとがき」 337-342ページ
   全体像というのは、まさに創世記から黙示録までに見られる神のわざ全体のことです。・・・創造は新天新地へ、アブラハムへの契約は全人類への祝福へ、 モーセの律法はキリストによる律法の完成へ、ダビデの王国はイエスの説く神の王国へ、幕屋はキリストの受肉へ、神の民の脱出はイエスの死と復活へ、エデン の園は神の都へと、壮大でダイナミックな聖書の物語の全体像、尽きることのない豊かな恵みの世界を説き起こしています。(338-9)
《コメント》
   ライトを16年読んできて、上沼先生が↑に要約してくださったものをTKなりに「肝要点」としてまとめると以下のようなものがあると思います。
  (1)「旧・新約聖書」を「通して」読むということ。
  (2)理論と実践
  (3)「救い派(ソテリアン)」からの視点転換
  (4)パースペクティブの変化といっても・・・
大体以上となります。

 さて「次の本は・・・」といきたいところですが、

 9月はまるごとお休みにしたいと思います。

 10月に入ったら「次の本」に何を選ぶか提案したり話し合ったり・・・を開始したいと思います。(その頃には新たなライト翻訳書情報も揃って来ると期待しています。)

 ということで、この約1年半の間、『クリスチャンであるとは』にお付き合いくださりありがとうございました。


8月は、入会1名・退会1名で、トータル202名は変わりません。

以上、簡単ではありますが、ご報告まで。

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