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2015年10月26日月曜日

「継続する捕囚」補記

先日の「ライト・セミナー」のDVDが発売となりました。

(近日中にウェブでも紹介しますが、お急ぎの方はあめんどう社へ直行ください。)

その伊藤講演の背景となる重要モチーフ「継続する捕囚」についてまだまだ「理解が難しい」ことが何人かの方からの感想で聞き及んでいます。

しっかりとした解説をするのは無理ですが、小出しで申し訳ありませんが、また一つ「理解のための材料」を紹介します。

英語の動画ですが。



デンバー神学校の新約学教授のクレイグ・ブロンバーグの講演です。

ヴェリタス・フォーラムという、大学キャンパスでの「キリスト教の弁明」活動的なことをやるプログラムでのものです。

聴衆はノン・クリスチャンを念頭にしてますから、「史的イエス」入門としても聞きやすい、ざっくりとしたものです。

特に「現代の史的イエス研究」のリーダーの一人としてN.T.ライトの研究を紹介しているのですが、まさに「継続する捕囚」を終わらせるイエスの神の国宣教、として解説しています。(動画では大体37分過ぎ頃)

The problem is the problem of exile, of not living in freedom. Many Jews were literally in exile even though they were living in their homeland, they were not living in freedom.
Jesus came announcing that the exile was over, without one Roman soldier having been removed from his post.
The exile is over、捕囚は終わった。

神の国は到来した。(慰めの時、回復の時)



と言ったあたりを、短くですが解説しています。


ところで「10月月例報告」の方に書きますが、continuing exileを他のメンバーの方が「長引く捕囚」と訳していましたね。まさにそんな感じです。

2014年3月22日土曜日

(リアル)ライト読書会レポート

今年1回目の読書会。
(2014年3月22日、巣鴨聖泉キリスト教会の隣、活水工房ティールーム)

参加者は小嶋も含めて4名でした。
(写真も撮ったのですが、2枚ともとんでもないピンボケで使い物になりません。)

予定していて来られなかった方や、来ようとしていたのだが仕事が入ってしまって、と言うことで久し振りのこじんまりとした会でした。

最初にゆったり時間を取って自己紹介から。

それからテキスト(A4、5ページ)を段落ごとに区切って、内容チェック、キーワードの解説や理解のポイント確認、と言う風にして進めておよそ1時間20分ほどで終了。
キーワード: actors, eschatology, the eschatological drama, the Temple, the new exodus, YHWH return, vocation
一応大事な部分だけ読み上げました。
以下その部分を抜粋してみます。
Jesus believed it was his vocation to bring Israel's history to its climax. Paul believed that Jesus had succeeded in that aim. Paul believed, in consequence of that belief and as part of his own special vocation, that he was himself now called to announce to the whole world that Israel's history had been brought to its climax in that way. When Paul announced `the gospel' to the Gentile world, therefore, he was deliberately and consciously implementing the achievement of Jesus. He was, as he himself said, building on the foundation, not laying another one (1 Corinthians 3:11). He was not `founding a separate religion'. He was not inventing a new ethical system. He was calling the world to allegiance to its rightful Lord. A new mystery religion, focused on a mythical `lord', would not have threatened anyone in the Greek or Roman world. `Another king', the human Jesus whose claims cut directly across those of Caesar, did.

Jesus was bringing Israel's history to its climax; Paul was living in the light of that climax. Jesus was narrowly focused on the sharp-edged, single task; Paul was celebrating the success of that task, and discovering its fruits in a thousand different ways and settings. Jesus believed he had to go the incredibly risky route of acting and speaking in such a way as to imply that he was embodying the judging and saving action of YHWH himself; Paul wrote of Jesus in such a way as to claim that Jesus was indeed the embodiment of the one God of Jewish monotheism.
最初に参加者のお一人から、「どう言う意味でイエスとパウロがintegrateされているのか、知りたい」、との要望がありましたがこの二つの段落でほぼ見当が付けられると思います。

それから二つ目の段落の最後に下線をしたところは、「ハイ・クリストロジー」と「ユダヤ教唯一神観」とがどのように歴史的に形成されたのか、と言う問題に関わる、ライトの福音書資料から跡付けられる「史的イエス探求」による「下からのキリスト論」を圧縮して提示しているものと言えるでしょう。
鍵となる概念はイタリックしたようにembodyと言う受肉の歴史、と言えるでしょう。

※キリスト論についての歴史的アプローチとしては、原始キリスト教史におけるイエス・キリスト崇拝の実際的表現を証拠としてアプローチするラリー・フルタド教授のLord Jesus Christのようなものと(史的イエス探求に懐疑的なカトリックの岩島神父はこちらのアプローチを高く買っている。参照、史的イエスと史的キリスト?)、ライトのように福音書からそのまま再構成するアプローチがあるように思う。リチャード・ボウカムもキリスト論についてのまとまった論考を準備しているらしいが、恐らくYHWH's unique identityの中にイエスが組み入れられる、というラインで追跡しているだろうと思う。

2014年3月2日日曜日

2014年度(リアル)読書会、その2

ちょうど3週間前となりました。
今年第1回目の読書会のリマインダーです。 

日時:2014年3月22日(土)、午前10時~12時
場所:巣鴨聖泉キリスト教会(人数によって工房ティー・ルームか会堂)

課題テキスト: Who Founded Christianity: Jesus or Paul?
http://www.beliefnet.com/Faiths/Christianity/2004/04/Who-Founded-Christianity-Jesus-Or-Paul.aspx
(※テキストはドキュメントとしてではなくウェッブサイトに数ページに渡って表示されています。面倒な方のためにPDFにしたもののリンクを以下に貼っておきます。
出席なさる方はなるべくこの文書をお用いください。討論の時ページ数など統一できますので。)

Who Founded Christianity: Jesus or Paul?

さて討論のトピックとしては
①イエスがそもそも教祖かどうか
 これに対する議論として、ライトは既に書かれたイエス研究書の要約を提示します。
 すなわちイエスの自己理解、自己の使命理解です。
 神学的には「神の国」の一世紀的文脈での実現(イスラエルの歴史・ストーリーのクライマックス)はどのようになされたのか、と言うことになるかと思います。

②パウロはイエスの「神の国」宣教をどう受け継いだのか
 ライトはしばしばこのような議論でイエスとパウロが並列的に比較され分析されるのに対し、一つのストーリーの展開(クライマックス→インプリメンテーション)と言う形で統合的に理解しようとします。

 既にご承知の方も多いと思いますが、まだライトのような解釈を熟知していない方には、いわゆる「贖罪論」のような論理形式的(抽象的、非歴史的)理解を再検討する機会になるかと思います。
 
 もちろんライトの歴史神学的解釈が細部まで正確であるかは議論の余地があると思いますが、大筋においてユダヤ教(唯一創造神、選びと契約、終末論)からキリスト教がどのように出てきたのか、旧約聖書と新約聖書の繋がり、等の問題を整理するかなり程度のよい議論が提供されていると思います。

 是非熟読して疑問点などを絞り込んで読書会にご参加いただければ幸いです。

 なおご出席の方は3/19までに小嶋までご連絡ください。

問合せ・連絡:(小嶋崇)t.t.koji*gmail.com (*を@に変換してください。)

2013年7月11日木曜日

パウロと、古代ユダヤ教における『メシア』

N.T.ライトにとって『メシア』が重要な新約聖書神学、特にパウロ思想における概念であることは、ライトの博士論文や、彼の最初の学術論文集である、The Climax of the Covenant に明らかだ。

新約学者の大勢は『メシア』には特別な意味はなく、パウロにおいては単にイエスにつけられた固有名詞だ、とされてきた。
つまりタイトルではない、と言うこと。

Matthew Novensonのプリンストン神学校での博士論文である、
Christ Among the Messiahs: Christ Language in Paul and Messiah Language in Ancient Judaism
(Oxford University Press, 2012)

はそのような一方的な議論に終止符を打つものである、とニジェイ・グプタ教授は書評でコメントしている。

このような研究成果が、ある意味パウロ研究その他での一定の《議論規制》として働くだろうことは、グプタ教授が指摘する通りだと思う。

関心のある方は一読をお勧めする。

(※ノヴェンソンの本自体は74ドルもするから手を出すことはないと思うが、このような「紹介」と「書評」だけでも最新研究の一端に触れられることは、ネット社会の受益者であることを改めて思わせられる。)