2015年6月9日火曜日

FB読書会 2015年5月近況

5月はちょうど、『Simply Christian』から『クリスチャンであるとは』に切り替わるところで、殆どページ進行はありませんでした。

『クリスチャンであるとは』を出版したあめんどうのOさん(読書会のメンバーでもあり、ライト・セミナーの運営委員でもあります)から、出版直前の報告や案内などがウォールを賑わしました。

さて、MH氏が『クリスチャンであるとは』に切り替え後、最初の部分をリードしてくださいました。

「互いのために造られて」(45-47ページ)

イントロ部分では、結婚における人間関係の難しさが取り上げられている。
我々は互いのために造られているものの、現実には関係をうまく保つためには、困難であり、社会的なものとしてつくられているのに、それにうまく対応できないでいる。
と、「関係に生きる人間」のパラドックスな面を指摘して今後の考察を進めることになる。

担当のMH氏は「感想」で《霊性の問題とコミュニティの問題》を扱った本として以下の3冊を紹介した。
ヘンリー・ナウエンの「愛されている者の生活」
http://amendo.ocnk.net/product/7
ジャン・ヴァニエの「コミュニティ」
http://www.ichibaku.co.jp/cgi-bin/cart/cart.cgi?pid=28
ディートリヒ・ボンヘッファーの『共に生きる生活』
http://www.shinkyo-pb.com/2014/05/08/post-1193.php



その他「ウォール」で目立ったものと言うと・・・

ライト・セミナーin大阪の案内

『クリスチャンであるとは』出版間近ということもあったのか、新規会員が急に増えてきました。
5月中に8名くらい増えたみたい。


といったところです。

ではまたご報告します。

2015年5月25日月曜日

ライト・セミナーin大阪

『クリスチャンであること』の出版までもうカウントダウンに入りました。

訳者の上沼昌雄氏をゲストにセミナーが開かれます。

日時:2015年7月13日(月)、午後1時30分~4時
場所:大阪市立総合学習センター 





『クリスチャンであること』をご購入いただいて読み始めるにあたり、ライトについてより広範に知る機会かと思います。
どうぞ大阪近辺の方、ご参加ください。

詳細等についての問合せは・・・
 川向肇(かわむかい はじめ)
 kawamukaihajime*gmail.com(*を@に変換)
までよろしくお願いします。

2015年5月18日月曜日

2015年度(リアル)読書会、その2  ガイド②

6月6日(土)の読書会まであと3週間となりました。

課題論文、Apocalypse Now?の後半部分を簡単にガイドします。


Apocalypse and apocalypticism
ブランチ・ダヴィデアンや終末カルトの歴史的実例を参照しながらアポカリプティシズムの問題を論じます。

一応聖書の「黙示思想」言語を淵源とする「世界観」運動としてのアポカリプティシズムをこのように定義しています。


the worldview in which certain people come to believe that their group is set apart from the rest of humanity, that it is righteous and all others are sinners, and, more particularly, that an event will soon occur which will sort things out once and for all.
かなり一般化した表現ですので、ここだけ一読すると「オウム真理教」を連想するかもしれません。

《聖書言語》がそのオリジナルな文脈を離れて、様々に使われる(特に「世の終わり」関連の連想)例として
William Dalrymple’s spectacular From the Holy Mountain: A Journey in the Shadow of Byzantium (London: HarperCollins, 1997)
が挙げられています。

正教以外のキリスト教信者その他が「地獄の業火」に、正教信者は「携挙」に、・・・と言う場面が引用されています。

また、「世の終わり」のイメージを彷彿とさせるので有名な「第二ペテロ3章10節」の釈義問題も取り上げられています。

ライトは《聖書言語としてのApocalypseと《アポカリプティシズム》を次のように交通整理して、問題解決の方向を探ります。

Apocalyptic language, using cosmic language to invest historical events with their full significance, draws together the heavenly world and the earthly world;
“apocalypticism” forces them apart.
Apocalyptic language exploits the heaven/earth duality in order to draw attention to the heavenly significance of earthly events;
apocalypticism exploits apocalyptic language to express a non-biblical dualism in which the heavenly world is good and the earthly bad.
この中でのキーワードである「heaven/earth duality」を次に解説します。


Heaven and Earth

区別①・・・天と地は、two placesではなく、two different dimensions of the total reality of the world.
区別②・・・天と地は、dualityであって、dualismではない。
※アポカリプティシズムの問題は、dualismに行ってしまうこと。

Christian Future Hope
・キリスト者の「希望」は、進歩への「楽観」ではない。
・聖書的「希望」の根拠の中心は「イエス・キリスト」だが、アポカリプティシズムはこの希望の根拠を再臨時の携挙に縮減してしまっている。
・「人の子が雲に乗って」の釈義的問題について。
 
The Present Challenge to Future Hope  
現代のキリスト者の課題が次のような質問で提示される。

The question must be:
how can we read apocalyptic language without collapsing into apocalypticism?
How can we respond to the heavenly dimension of the world without lapsing into an anti-earth attitude? And, faced with the Millennium, 
how can we co-operate with what God intends to do in our world, producing earthly events with heavenly meanings?
And how can we in our turn describe what God may be doing in our world, in such a way as to invest earthly events with their heavenly significance? 
How, in other words, can we do for our own day what the apocalyptic writers were trying to do for theirs?

一方で「イエスの復活」に基礎を置き、どのように「将来の復活の希望」に繋げるかは、
 ・橋渡しのようであり
 ・サインポストを示すようであり
 ・現代の「黙示思想」言語を探すよう
Only poetry, art and music can begin to do justice to such things; the flat one-dimensional language of ordinary post-Enlightenment analysis into economic or political forces will remain earthbound.
現代の文化は千年紀の切り替えとともに「ポストモダン」に突入するかのようである。
その中で希望を切り拓く(ある意味)《言語と思想》の文化創造の戦いに飛び込むのだ。
ーーー要約は以上ーーー




参加希望者はその旨、6月1日までに、お知らせお願いします。

問合せ・連絡:(小嶋崇)t.t.koji*gmail.com (*を@に変換してください。)


 
N.T.ライト読書会主宰
小嶋 崇

2015年5月14日木曜日

『クリスチャンであるとは』発売決定

ライト元年を飾る、ライトの一般向け著作初邦訳!

『クリスチャンであるとは』(原題:Simply Christian)
 ーーN・T・ライトによるキリスト教入門ーー
 著者 N・T・ライト
 訳者 上沼昌雄
 四六版 並製 344頁
 定価 2,700円(2,500円+税)

小嶋 崇さんの写真



お待たせしました。

5月末に出るみたいです。

ぜひ読んでください。

そして友人・知人にオススメください。

お金に余裕ある人はプレゼントしてください。

自分の教会の牧師にもオススメください。

スタディー・グループや読書会でテキストにお選びください。



※何人もの協力者によって翻訳が吟味されました。

※編集者の汗と涙が滲む、苦労本。

※スコット・マクナイト『福音の再発見』からちょうど2年。ついに真打登場!


あめんどう社のウェブサイトに「予約受付サイト」が来週には設定されるようです。

出版社を支援するためにも、Amazonではなく、直販ネットショップをご利用ください。

2015年5月6日水曜日

2015年度(リアル)読書会、その2  ガイド①



ゴールデンウィークも今日でおしまい。


6月6日(土)、の読書会が、一ヵ月後となりました。

参加者には、Apocalypse Now?
を読んできてもらうことになります。 

それほど長い論文ではありませんが、2時間でカバーするにはある程度「スキップ/省略」する部分も必要かと思います。

また、ディスカッションのためにも、この論文の内容を簡単に整理しておきます。
※今回は前半だけ

《イントロ》
20世紀末」を迎えて、「世の終わり」的な言説や、ハリウッド映画、また奇妙な宗教教団の動きが見られます。

21世紀」を目前にして、何か本当に「世の終わり」的なことが起こりそうな予感に包まれている状態をどう理解したらよいのでしょうか・・・。

・・・風な書き方で、イントロの最後を次のような質問で終えます。


Where does all this apocalyptic speculation come from?
Why is it so powerful?
Is there any good reason to link it to the year 2000?
Are there any solid and lasting lessons to be learnt from it?

The irrelevance of 2000
これらの世紀末ファンタジーは、聖書に(特に『黙示録』・・・英語名がアポカリプス)根拠でもあるのか。
2000年は特別な意味があるのか。
(答え)聖書に由来するが、2000年に特別な意味はない。


Apocalyptic language
しかし、世紀末ファンタジーが由来する聖書の「アポカリプテイック言語」はどのようなものなのか。

※以下ライトの解説が今回の読書会のメインポイントとなる予定です。
 

Apocalyptic language is a literary convention.

1(旧約イザヤ書から)

天のもろもろの星とその星座は光を放たず/太陽は昇っても闇に閉ざされ/月も光を輝かさない。(13章10節、新共同訳)


2(新約コロサイから)

そして、もろもろの支配と権威の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。(2章15節、新共同訳)


3(新約黙示録から)

天使は力強い声で叫んだ。「倒れた。大バビロンが倒れた。そして、そこは悪霊どもの住みか、/あらゆる汚れた霊の巣窟、/あらゆる汚れた鳥の巣窟、/あらゆる汚れた忌まわしい獣の巣窟となった。
すべての国の民は、/怒りを招く彼女のみだらな行いのぶどう酒を飲み、/地上の王たちは、彼女とみだらなことをし、/地上の商人たちは、/彼女の豪勢なぜいたくによって/富を築いたからである。」(18章2-3節、新共同訳)


アポカリプティック言語とは(定義)

It regularly involves vivid metaphors which enable the writer to say, and hopefully the reader to understand, the significance, within God’s dimension of reality, of events that happen within our dimension, within the world of space, time and matter. 


どのように解釈するか(方法/ステップ)

In order to interpret any passage, particularly any passage of apocalyptic, the way of wisdom is to go through it one step at a time, deciding what is literal and what is metaphorical on the way.


Apocalypse and apocalypticism
※ガイド②に続く。



参加希望者はその旨、6月1日までに、お知らせお願いします。

問合せ・連絡:(小嶋崇)t.t.koji*gmail.com (*を@に変換してください。)

 
N.T.ライト読書会主宰
小嶋 崇

2015年4月29日水曜日

FB読書会 2015年4月近況

(期待通りに行けば)毎月の報告ですが、

前回、2015年3月近況では、『シンプリー・クリスチャン』の20ページまでカバーしました。

それからの続き・・・。

The Hidden Spring ―Thirsty for Spirituality pp.20-24.
・・・担当は

 The Cry for Justice
 Christians and Justice
に続いてHKさん。(かなりな負担、お疲れ様です。)

(2章は「霊性」の面から、現代西洋に様々な形で姿を現す「霊性のゲリラ的再浮上」現象とも言えるか・・・、を指摘しながら、キリスト教との橋渡しとなるスペースを地均しする。HKさんの訳文を一部引用します。)
このような人生の別の側面に関する急速に増す関心は様々な形をとっている。それは本屋に行って、スピリチュアリティのコーナーに行けば、そのことはすぐわ かる。しかし、そのスピリチュアリティの意味は、理解されておらず様々な名称がつけられており、また、書店ごとにその分類の本の在庫はかなり違っている。 具体的には個人の性格分析の本や、前世輪廻などに関する本まである。仏教徒は悟りの世界を重要視する。この霊性に関する西側社会でのものとしては、カバラ(もともとユダヤ神秘主義の一種がいまはポストモダン世界の呪文)、ラビリンス(中世の祈りのための回廊)、聖地巡礼などへの熱狂までが含まれよう。

 現代の近代社会の中での様々な分野でのケルト風への関心の高まりの背景にこの霊性問題を見ることができよう。 これは多くの人々が西側の教会の公的教会に対して飽き飽きとしている証拠であり、時に怒りを覚える人々もいるだろう。とはいえ、ケルト的キリスト者の中心にあるものは、今日人々が求めているものとはいえないであろう。

と、ライトは「霊性」を巡る西洋社会の現状をスケッチする。


《担当者の感想、そしてディスカッション》から拾ってみますと・・・。

「隠れた泉の残響(霊性への渇き)問題」日本的一例として、オウム真理教
三女アーチャリー、インタヴュー (ブロゴス)

「気配、目に見えないものを感じる」態度(詩人・長田弘)
「風景を生きる」(Eテレ、こころの時代~宗教・人生~ アンコール)

「聖地巡礼」と消費される宗教シンボルの問題
観光と信仰の交差する、現代の聖地巡礼をめぐって


The Hidden Spring ―What Makes Us So Thirsty?; Spirituality and Truth, pp.24-27.
・・・担当はKYさん。

(「霊性の渇き」をどのように橋渡しするか、の「道筋」と「障害」を論じて2章を締めくくる部分。以下、KYさんの要約的訳文引用)
霊性への関心の高まりをどう見るか? クリスチャンには極めて自明である。もしキリスト教のストーリーが事実であれば、つまり神が存在しイエスにおいて最も顕著に知られるのであれば、それこそが霊性の探求に見出されるべきものである。・・・

しかし、霊性に関してはことは天文学や物理学のように一筋縄ではいかない。人間は悪によって決定的に損なわれており、自己啓発や社会環境の改善では回復されない、助けが必要であり、救助してもらわなければならない、・・・

・・・ 歴史の中で様々な人たちが「霊性」へのいろいろな解釈を試みた。それは神の存在を必要としないような解釈である。・・・

ライトが「障害」として論ずるのは「相対主義」の問題。(真理を主観的私的体験に縮減する。)

しかし、「正義への渇き」、「霊性への渇き」が連関され、累積されて行く時に、次第にその先にあるだろうリアリティーの実感は確かさを増す・・・と言った具合にまとめられるだろうか。


以上が『シンプリー・クリスチャン』の方のまとめ。


それ以外では、この時期様々な「講演会」や、ライト関連記事のリンクが紹介された。

日本福音主義神学会東部部会の公開研究会
 日時:6月15日(月)14:00-17:00
 場所:OCC508号室
 テーマ:『今、再び人間の罪について考える』
 講師:鈴木浩ルーテル学院大学教授


リチャード・ヘイズ、デューク大教授講演会
http://www.rikkyo.ac.jp/events/2015/04/16001/
http://rikkyo-kiriken.com/swfu/d/auto-Kf9bQZ.pdf
 



以上ご報告まで 

2015年4月19日日曜日

2015年度(リアル)読書会、その2

2015年度(リアル)読書会、の2回目となる会合の案内です。

今年は、
 (1)翻訳書を使ったセッションと、
 (2)英語の主にNTWrightPage.Com掲載の論文を使ったセッション、
の二本立てで継続したいと思っています。
と、1回目の時案内しましたが、お約束通り、今度は英語論文(要はオリジナル)を読みます。

日時:2015年6月6日(土)、午前10時~12時
場所:巣鴨聖泉キリスト教会★隣の★活水工房ティー・ルーム
課題テキスト:『Apocalypse Now?』


論文のリンクは以下の如く。
http://ntwrightpage.com/Wright_Apocalypse_Now.htm


第2回のテーマは「聖書解釈」になります。
 
特に「Apocalyptic language」「Apocalypse」「Apocalypticism」等、聖書に見られる「黙示・黙示文学表現」についての問題です。
 
ちょっと難しいかもしれませんが、聖書を読んでいるとどうしても避けられないトピックではないかと思います。

ご関心のある方は★是非★お加わりください。

※なお会場整備のため出席希望の方は★事前★にお知らせください。

問合せ・連絡:(小嶋崇)t.t.koji*gmail.com (*を@に変換してください。)

 
N.T.ライト読書会主宰
小嶋 崇